2009年8月20日木曜日

悪夢のインド航空

ええっ??インド航空というのがあるん?その時初めて知りました。羽田空港へ向かう前に東京のホテルで前泊だったんです。初めての東京は、空が空色ではなく、何というか、淡いピンク色と黄色が混じったような色でした。その後何度か東京へ行きましたが、初めて見た東京の空が一番汚かったですね。当時、泊まったホテルの近くで「毒入りコーラ殺人事件」というのがあって、その関連の立て看板が目に付きました。
 
 翌朝、羽田空港へ。私は、クラスメートのM子さんとH子さん、以後彼女達をM 嬢、H 嬢と呼ぶことにします、の3人で行動を共にすることに。
 
 羽田空港で搭乗手続き等した後、待合室でツアーの同行学生達と初めて合流したわけです。この時私達は、自分と同じ大学の学生が一番多かったので、あまり緊張感もなかったんでしょうね、みんな岡山弁丸出しで喋っていました。「~じゃが」 「~じゃろう」 など… これを耳にした関西や関東地方の男子学生から「君たちのあの言葉は…女の子の言葉とは思えなかった…」と後になって指摘されました。おお、岡山弁の威力は相当なものらしい。
 ツアーの参加者名簿が配られました。やはり、というか、1,2年生が圧倒的に多い!女子学生では3年生が一番年長者ではないですか!
当時の私達は、とにかく大学3年というのは、もうオバサンの部類だったんです。今から思えばとんでもない話なんですが、もはや10代ではない、というのが決定的な事実なんですね。
 
 どこの空港でも中途半端に待つ時間がありますね。搭乗前にイラン人の男性と目が合ってしまい、自称イラン航空のパイロットだという二人連れが私達に声を掛けてきました。私たち女子学生何人かにコーラをおごってくれました。
 
そして、いよいよ搭乗です。初めて乗るジャンボジェット機にわくわくしました。初めての海外旅行、興奮もするし期待感に溢れてjました。でもでも、離陸後数時間で私は絶望感に近い精神状態に陥りました。
 とにかくエンジン音がうるさいんです。そのうち耳が痛くなり、耳が聞こえなくなったんです。それと飛行時間が南周りだと全部で30時間以上かかるんです。ということは、丸一日以上飛行機に乗っているわけで、
その間身動きできない状況だし、機内食はまずいし、だいたい食事の時間が予測できない、夜の次がまた夜なんです!うるさくて寝られない、トイレの鍵は壊れているし、スチュワーデスさんは美人だけれど愛想はよくないし、ああ、もう飛行機で海外旅行なんかするんじゃなかった、という後悔さえしていました。まだ始まったばかりだというのに、いえ、始まってもないのに…
 
途中インドのボンベイで給油のため降りることになり、やれやれと思いきや、これがまたボンベイの空港がとんでもない曲者で、目の前を大きなハエの大群が飛び交うし、何をすることもなく、ただじっと座っているだけの意味のない待ち時間が2~3時間ありました。その間ずっと耳が痛くて、パリで病気になったのが最悪と言いましたが、肉体的にも精神的にもボンベイの空港で味わった苦痛の方が遙かに大きかったですね。
 
 ボンベイのトイレではもう少しで監禁されそうになりました。トイレの洗面所の周りには、白い服を着た女の人が数人いて、私が用を済ませ、手を洗ったら、横からさっとタオルを差し出してくれるんです。まあ、なんとサービスのいいこと、と喜んだのもつかの間で、その後彼女は私の手を掴んだまま離してくれないんです。チップを要求するんです。ええっ、ここでチップを??!!ドル紙幣しかないし、小銭は日本円しか持ってないので100円玉を渡そうとすると、受け取ってくれません。だんだん相手の顔つきが厳しくなって何かやばい雰囲気に。でも何とか逃げなければ、無理矢理100円玉を握らせてやっとのことで脱出できました。もう、なんなん!!ボンベイは大っ嫌いです!
 
 再びインド機に乗り、ボンベイから離陸、結局いつ寝たのかもわからず、夜と朝と昼がどういう順に来たのか、意識が曖昧なままの旅が続いていました。
 
 体調がだいぶ回復してから、搭乗前に話しかけてきた例のイラン人が隣に座ってきたので少し話をしました。彼は私と同じ21歳というが、中近東の男性特有の濃い髭のせいかずっと年上に見えました。彼は、私に「君は21歳には見えないよ、12歳だ」と言うんですね。ちょっとそれは酷い話ですね!それでもおかしな会話をすることで気が紛れてインド機の不快感が少しは解消された感じでした。あ、そうそう、そのイラン人はシャルツさんというんだけど、彼はこんな質問をしました。日本人が何か話をする時いつも始めに「あの」と言うが、あの「あの」はどういう意味?と聞かれました。何か痛いところを突かれた感じがしました。外人さんには気になる言葉だったんですね。あれから何年も経ってから湾岸戦争が起き、不安定な政治情勢が続いているけれど、シャルツさんともう一人のイラン人アリさんは元気でいるのだろうか。
 
 ローマのレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に到着し、長かったインド航空の旅がやっと終わりました。

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